主体的な生活のために

10月だというのに


夏の名残の海に 船出する

山の組ビーグル号。

この船 この下に車輪がある。

けっこう 脚力を使うのだ。


一人やってきたその時から

保育が始まる 幼稚園の朝。

それぞれの遊びが もう始まっている・

今日の体操選手。


親切なお兄さんに 何度も救助される。


森さんたちはお買い物。


モモやリンゴやブルーベリー。

おうちに帰っておいしいものを作る。


小さい人たちは 見立てて遊ぶのだ。

「モモいかがですかあー」。



腕時計を作る。

作ったら お出かけしたい。

あたしたちも やっぱり腕時計。

思いを形にあらわすことは 楽しい。


今日も活躍する


塗装の達人たち。

山の組には 達人がたくさん。


旗職人たちも活躍している。


運動会の空を飾るのだ。

ここにも達人が。

お庭が乾いてきたので お水をまく


撒水の達人たち。


お花畑ステージでは

大好きな♪はとぽっぽ体操。

♪シンデレラも 大好き。

こんなに小さい人たちが

楽曲の持つ雰囲気をとらえて


表現している。

そしていつの間にか 劇として

形になっていくから


小さいながらに満足するのだ。


今日は母たちの園芸サークル。

剪定した枝や花は

我が子たちの 遊びの材料になる。


おやおや お姫様がここにも。

ここにも。

リズムに合わせ

心も身体も嬉しい。


お部屋の山さんたち。

イメージを共有したごっこ遊びが

長く続いている。

こちらは製作。

遊びに使うバッグを作っている。



野球ごっこも続いている。

運動会で 野球やりたい山さんたちの


投球と打撃の歯車が

なんとなく うまくかみ合うようになってきた。

嬉しくてたまらない。


幼稚園のそこここで

いろいろな遊びが 繰り広げられている。


子どもそれぞれが 充実へ向かって


主体的に取り組んでいる。

「おもしろそう 自分もやりたい」


「かわいそう なぐさめてあげたい」

そう感じる心があるから

「じゃあこうしよう」と考える。

お友達が何をしていても

少しも心を動かさなかったら どうだろう。

外側の知識や説明ばかりが

頭に詰め込まれていたら

自ら感じる心は 働かなくなる。

お友達と共感したり

イメージを共有することはできない。


言われてばかりの子どもは


言われたことだけすればいい という子どもになってしまう。

そういう子どもを育ててはいけない。

幼児期をあなどってはいけない。

それがその人生の基本になってしまうのだから。

我が子の味、母の味、幼稚園の味を

お互い同士味わって 共感しながら生活できたらいい、大人も子どもも。

そう考える清秋の幼稚園ーーー。