園長より

この地が「高階村」と呼ばれていた頃に誕生した高階幼稚園は、木立の中の小さくて落ち着いた幼稚園です。

小さい事の良さ。少人数だからこそ、一人ひとりに手をかけ心をかける、自由な遊びを中心とした、子どもが主人公の保育(=教育)ができるのです。

子どもさながらの生活の中に教育を入れていく、理想の保育が。

高階幼稚園に「通園バス」はありません。幼児を大勢載せての運行は危険を伴いますし、到着時間に開きがありすぎ、朝の嬉しさが失われてしまいます。

朝(9時)はお母さまの手から保育者の手へ、がいいのです。

保育は安心感から始まります。帰り(2時)は保育者の手からお母さまの胸へ。今日はこんないい事がありましたよと、嬉しさの伝達も。保育者とのやり取りも、親子通園だからこそできるのです。

高階幼稚園に「給食」はありません。お母さまのお弁当です。お子さんにとって食べることは生きること。ただ栄養を摂取するだけでなく、愛情も食べているのです。

精一杯の力で遊んだお子さんの心身を、母の味が満たします。お子さんが喜ぶお弁当、それは凝ったものでなく、シンプルで素朴ないつもの定番。いつも同じがいいのです。

高階幼稚園に「預かり保育」はありません。お母さまと過ごす時間も大切だからです。

帰宅したらもう夕方もしくは夜、という生活では、母と子が互いを味わうゆとりはありません。母と子の安定が園生活を支え、園生活の充実が、ご家庭の日常を豊かにします。我が子の成長に目を見張る日々がやって来るでしょう。

高階幼稚園は「ないないづくし」のようですが、そんなことはありません。人情のないところに教育はありません。お困りの時は送迎もしますし、お預かりもします。

幼稚園教育の肝心は「親切」です。お子さんにもお母さまにも、心と身体で精一杯尽くします。

こういう幼稚園ですから、お母さま方は「自分で我が子を育てたい、自分も母として育ちたい」という熱意のある方ばかりです。お子さんたちも素朴で心が安定しています。

保育者も含め、人間が一番の生活環境。よい環境だからこそ、互いに高め合うことができるのです。

世の中の仕事の中で最も主体的と言われるのが、子ども(人間)を育てる仕事。

二度とない小さいお子さんとの大切な日常、その中で生じる不安や焦りを幼稚園が具体的に支えます。心強いことこの上ありません。

お母さまに大切され、力の限り遊んだ子ども時代が一生を支えるのです。もしかすると、お子さんを支えているつもりで、お母さまも支えられているのかもしれません。教育はお互い。家庭と幼稚園も同じです。

お子さんだけでなく、お母さまもいつのまにか育つ、教育の出発点。それが高階幼稚園。

船出しても、いつだって帰って来られる母港、いわば教育のふるさとです。お子さんにとってもお母さまにとっても―――。

 

前々ページ:「子どもの一日」を読む

前ページ:「保育理念」を読む