
令和8年。この小さい幼稚園にも新しい年がやってきました。
高階幼稚園は今年70周年を迎えます。 70年の間に時は変遷し、時代の趨勢はAI・人工知能です。人工知能という言葉が使われ出したのが 1956年。ちょうど70年。高階幼稚園が生まれた頃、人工知能の研究も始まったのです。
手塚治虫の鉄腕アトムも人工知能。アトムの誕生は、なんと1951年。子どもロボットたちの日常生活に、ロビタというお世話に熟達した女性ロボットシッターが登場しています。ロビタはお話の中では母性的な存在です。ですが、相手に与えるものと相手から与えられるものが等しい、豊かな人間関係には、実際にはなり得ません。人工知能なのですから。
でも、大人が一方的に知識を与える一斉保育の幼稚園教諭だったら、人工知能のロボットでも将来実現可能なのでは。
長時間お預かりの人員削減で、見守りのロボット保育者に、人間の代わりをしてもらう時代が来るかもしれません。ロボ保育者は風邪もひきませんし、超過勤務も平気ですもの。
子どもたちが大人になる頃、世界はどんなふうに変わっているか、思い浮かべることはできません。どんな世の中になっていようとも、意欲と意志、自ら感じ考え判断する力、豊かな創造性を子どもたちの中に培うことができたなら、幼児時代がその人生を支えてくれると信じています。
寒い寒い冬。大人たちにとっては巡り来る季節ですが、小さな子どもたちには新鮮な冬の自然、武蔵野の面影をとどめる園庭は、子どもたちを引きつけるいろいろを用意しています。都市化したお母様たちの子ども心にも、働きかけてくれるかもしれません。
———石垣りん詩集「二月のあかり」から———
二月には土の中にあかりがともる。
遠足の朝など、夜明けのまだ暗い空の下で
先に起き出したお母さんが台所のデンキをつけるように
旅のしたくを始めるように。
二月にはぽっかり土の窓にあかるいものがともる。
もうじき訪れる春を待って。
草の芽や球根たちが出発するその用意をして上げるために
土の中でもお母さんが目をさましている———
土の中のお母さんは、きっとベテランお母さん。まめやかで、細かいところまでお世話が行きとどいて、「ちょっと待ってて」なんてきっと言わないのでしょう。
土の上の小さな子どものお母さんはまだ新米だから、我が子にかける言葉のトップが 「待っててね」かもしれません。土の上の幼稚園でも、やはり“待ってて”もらうことがしばしばです。
森の組のお歳では、Aちゃんの「先生作って」とBちゃんの「先生オシッコ」が同時進行ということがよくあります。「オシッコ」は待てませんから、そちらのお世話を先んじて行いますが、「作って」のAちゃんに、ただあっさり「待っててね」と言ったら、Aちゃんは待ちたくありません。
字で書いたら同じですが、口先だけで言うのでなく、「待っててね」を身体を通して言葉にすれば、待つ気にもなります。
また「何色にしようかって考えておいてね」など、「オシッコ」のBちゃんと手をつなぎ、身体はお手洗いに向かいながらも、具体的な何かめあてになることをAちゃんに言っておくこともできます。
Bちゃんのお世話、オシッコの後、手を洗ってきちんと拭き、ハンカチをたたんでポケットにしまうまで、手早く丁寧に終えた後、Aちゃんに「お待ちどおさま、早く早く!って言わないで よく待っていたわね」と心から褒めます。
取るに足りないと思えるような、こういったひとつひとつを、丁寧に、誠実に惜しみなく行うのです。教育でも何でもないようなひとつひとつが、AちゃんBちゃんの心の安心安定になり、”一生懸命遊ぼう”という意欲や意志につながります。
幼稚園はお互いどうしが教育環境ですから、AちゃんBちゃんだけでなく、一緒に遊ぶCちゃんDちゃんとも響き合い、遊びの生活が充実します。(AちゃんやBちゃんに不安や不満があったなら、ごっこ遊びのイメージもふくらまず、お友達との遊びも途中で終わってしまうでしょう) CちゃんDちゃんEちゃんFちゃんたちにも、保育者は手をかけ心をかけ、自分の持つ保育者としての機能を惜しみなく全て使って、今日一日の充実へ向かうのです。
その毎日が積み重なり、子どもたちの中身を育て、いつの間にか知らずしらず、ああこんなに育っていた!という日がやってくるのです。
今でも時々お話するのですが、以前この幼稚園にS先生という新卒の幼稚園教諭が、どうしてもこの園にとやってきました。
おっとりとしたよく笑う先生で、若いのに子どもの中身を汲み取ることに長けた人でした。きっとご自分も、そうやって お母様に育てていただいたのでしょう。
S先生はピアノが苦手。ピアノの先生の所に通い個人指導を受けていました。絵も苦手。お花に言われた練習を、家で毎日続けました。
前述した”保育者としての機能”という点において目に見える能力としては あまりよろしくないのです。
けれど、おっとりとしたこの先生の中には、目には見えない意欲と意志が満ちていました。 ゆっくりしか弾けないピアノに、S先生が大好きな子どもたちはこう言いました。「だいじょうぶだよ一生けんめい 練習すれば上手になるよ」。
教師机を囲む「作って」の子どもたちは、ゆっくりしか描けない先生の手を見つめ、 黙ってずっと待っています。にこにこしている子どももいます。
S先生は「待っててね」より「ごめんなさいね」や「ありがとう」を繰り返していましたが、「いいよいいよ」と子どもたち。S先生の誠実さが子どもたちには伝わっていたのです。
S先生のひたむきな努力により、ピアノも絵も日々上達し、いつしかたどたどしさがなくなってきました。「子どもたちやクラスのお母様がたのおかげです、すみません」と言っていましたが、正直でひたむきな先生のことを、皆が好きだったのですね。
S先生のクラスの子どもたちは皆、不思議なほどよく育ちました。持って生まれた力を精一杯使って。
お母様がたの団結もすばらしく、新米先生の牽引(けんいん)になったのです。保育技術のいちばんの肝腎は意欲と意志、学び続ける力なのだと、私たちもS先生から学んだのでした。
自分の持つ力が10あるとして、10ある力を出し惜しみして6使う人。6の力を持つ人が、惜しみなく6全て、小さな我が子のためにひたむきに使う人。
幼児はどちらのお母様や保育者と、短い幼児時代を共に生きたいでしょう。 教諭となって1年目は、「待っててね」も言えず、「ごめんなさい」や「ありがとう」ばかり言って、子どもたちを待たせてしまっていた新米S先生でしたが、持っている力を精一杯使って子どもたちに尽くし、子どもたちを育てたのです。”教育はお互いですから、S先生の保育者としての力もだんだん伸長して、子どもたちにとって、もっと嬉しい先生になりました。子どもたちとお母様がたのおかげで———。
津守房江先生の『育てるものの目』に「待っててちょうだい」という文章が綴られています。
幼いものは待つことがむずかしいにもかかわらず、待つことに出会うことが多い。特に年の近いきょうだいを迎えたときには、赤ちゃんの世話をしている母親が、自分の方に向いてくれるのを待たなければならない。これはとても困難なことである。
母親が何気なく言う「待っててね」という言葉に、ときにはおとなしくしているが、ときにはキャーキャーと泣いて混乱する。(略)
このごろA子は絵本を開けて絵を見ながら、次のように言っている。「おかあちゃまはお使いにいくから待っててちょうだい。 お人形ちゃん待っててちょうだい。おじちゃん待っててちょうだい———」。
自分が母親になったかのように「待っててちょうだい」をくり返し言っている。この子は、いつも待つということを本当には納得していない。納得できないことをくり返し言ってみる。それによって、その課題と取り組み、乗り越えようとしているかのように見えた。
私はA子がひとりごとのように「待っててちょうだい」という言葉をくり返すのを聞いてから、「待って」というのを少なくするように心がけた。妹がオッパイを飲むときにはA子にも軽いおやつを食べられるように用意して、いっしょに声をかけ合ってはじめるようにした。
育児とは苦しいこともあるけれど、子どもの心を育てながら人間を学ぶことなのだなあ。与えるものと与えられるものが等しい、豊かな人間関係を築きながら、母親も保育者も、子どもと一緒に育っていくのだなあ。時代がどんなに移 り変わろうと、AIにはできないことなのだ、心を育てるということはと心底思ったことでした。
3学期、山の組年長さんたちは園生活の終了を迎えます。大人たちは過ぎ行く時に向かって「待って!」と叫びたいのですが時は無情にかけ足で走り去ります。子どもたちのリレーはいつだってエンドレスなのに———。
子どもたちと共にいて、ああこんなに育ってきたと感じる一方で、思いはめぐります。○ちゃんにはあれから良い変化があったのだろうか。○ちゃんにはどんな変化が———と。
就学への不安を感じているお子さんもあり、甘えん坊になったりもしますが、どうぞ心配なさらず、手をかけ心をかけ安心させてあげてください。お家の生活と幼稚園の生活が響き合い、つながり合うからこそ、3学期の遊びの生活の中身が、もっと広くもっと深くなり、お子さんたちを成長へと導くのです。
いつとはなしにいつでもしているのが幼児教育。
その肝腎は親切。それを胸に、お母様がたと仲よく手を取り合って、寒風に負けず一歩一歩踏みしめながら歩いて行きたい。
そう願う、初空の幼稚園です———。
